先生宅の書生さん  昭和28年

先生を偲び私の昭和物語ビデオ作品のイラスト。

紙芝居のアルバイトは拍子木打ち。紙芝居がきたよ 拍子木打ち終え、飴をもらい一番前で見ます。 拍子木打ち終え、飴をもらい一番前で見ます。

先生のお嬢さんの世話をしながら、絵の勉強を兼ね、ファンタジック紙芝居を描く事になった。
紙芝居を描こうとは思いにも寄らなかったそうです。
            


 久野 真のアトリエ
                   
やさし、おばあちゃんは目が見えません。 デッサンをしながら皆さんの世話をします。
 おばあちゃんと奥さんとはいポーズ        デッサン教室  私もここでデッサンしたの 


 この頃の先生方は教員用アトリエで作品を制作されていたので、先生のアトリエは奇麗
 なものだった。三丸さんは通いの書生、先生と文通だったそうです。「吉兼、紙芝居だと
 思って舐めるな。もっと気を 入れて描け。プロの紙芝居画家先生に一日、弟子入りして  
 来い」と、字が怒っていたそうです。そして本当に紙芝居の先生の所へ行ったんだって。



名古屋は焼き鳥やより、とんちゃん屋方が多かった。

 先生は若い画家とよく酒を飲まれた、焼き鳥屋でこんな一時があった。と先生を偲び
 酒を飲む主人。クリスマスの夜、聖馬会と言って若いアーチストに、彫刻家、建築家、
 音楽家、放送デレクター、デザイナー、消防士と色々なジャンル人がアトリエに招かれて
 馬ざしで夜を徹して飲まれた。私もよく招かれました。美味しい馬肉、さしで食べたいな。