二紀展 (昭和28年)
                                        テレビ放送開始の年

制作後にデザイン科の先生に人の為より
日展彫刻作家 石田清先生(故)の指導
 を受け塑像制作、初出品で初入選した。

  
1953


この彫塑は、市工芸高校美術科の三年
生の時、作品をプレゼントする事でデザ
イン科の美女にモデルを、
お願いして制作した。

第7回

二紀展  
彫刻部

            

自分の勉強をしなさいと叱られたとの事でした。 

 彫刻は石田先生の息子さんが、先生の日展作品制作を手伝いに来られていた。その人が現在 
 日展評議委員の彫刻家、石田武志氏だった。その時の出会いで、若い武志さんの熱のこもった、
 ロダン、マイヨールと彫刻の話を聞くうちに、先生の手伝いの粘土練りに力が入た。 武志さんに
     だんだんと、引かれて行き彫塑に明け暮れる日々となって行った。・・・
                                            
 

ヌード制作時でも恒川と僕はアトリエに入れた。

石田先生の日展出品作石膏取完了

記念写真

吉兼        恒川君

        石田武志さん

 石田清先生   森先輩


1952 (昭和27年)
       


入選した作品は学校で制作した。夏休みに我が家で制作を試みる。
畳の部屋で天井も低く、何より粘土作業は養生が大変で、
小品はともかく大作とも成れば部屋の大改装が必要。
そこで油絵なら200号の大作まで制作可能で、
アッサリ彫刻への道は諦めて、当初の洋画の道へ切り替える。
国画会所属の美術科の大清水暎子先生の進めで国展出品制作にはいった。
のちに彫塑の体験が表現活動に大きな力てとなった。