'74  朝日美術展
 
(昭和49年)

 

朝日新聞社主催東海三県選抜展



特製キャンバスにアルミ鋳造オブジェをセツトした作品
左が大清水暎 右が久野真 手前が庄司達
吉兼三丸の作品恩師 大清水暎子先生(故)の作品と久野真先生(故)の作品(壁面)

    両先生の指導の下に美術科を'28年に卒業以来、20年後に先生と共に選抜され
    同じ会場に陳列された。その時 久野先生は海外で活躍する前衛作家になられ、
    大清水先生も抽象画家として国展でご活躍されました。
     



朝日美術展 '75

1975 (昭和50年)





  朝日美術展 '75 (私の作品)
      「作品 '75 凸」
    ・現代に必要な何か・

歌を忘れたカナリヤではないが、
ここ数年絵筆など手にすることがまったくなくなり、国画会の絵画部に籍を置きながら絵画らしき作品発表せず、今回の出品も洋画部門としての選出だが、洋画とはとても見えない作品である。絵筆がグランダーや静電装飾機などに変わりスチロールやアルミ材を削ったり、研磨したり、静電植毛では、まったく絵を描く行為ではなくなった。絵を描くこともよかったが、立体作品を作る行為の方が絵画よりいっそう奇妙な迫力で私の感情を誘発するからであろう。作品は単純な同形のオブジェイを、三つのケースに同じようにセットしたものである。





この単純な形がなにを意味するのかはさだかでない。しかし複数のものがセットされる事により生ずるであろう関係、この関係は現代人として生きていくためになくてはならないものである。私の作品が鑑賞者にどんな関係を・・・・ (画家)                                

・・上の白いのが原型でアルミ鋳造をして鏡面加工をほどこし 原型と共に植毛した3体のオブジェイ。・・・


 朝日新聞紙上 掲載文




朝日美術展 '78

1978 (昭和53年)



  アルミ板による作品

   絵画部門で選出されたが、完全に

   壁面を離れてしまった。私の作品、

   バーナ加熱は800度〜1000度で

   溶解しだす。加工されたアルミ板が

   少しずつ溶け元の姿に帰り流れる

   液状個体が加工板と一体になって

   立体となる。平面と液状の対象が。

   (冬でも真夏のような作業となった)